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ゆるむ つながる時間

自然とあそぶこと、アロマ、フラワーエッセンス、中国茶がすき。

損得勘定ってすごく染み付いてる

突然のタイトル「損得勘定」なのですが。

 

 

昨日、友達とこの話になって

 

 あーーーー

 最近のモヤモヤのルーツはぜんぶそれ!

 

となったので。

 

 

最近はほとんど活動していないけれど

昨年から、カウンセリングや、イベント企画や

場所貸しや、いろいろ

いわゆる「好きなことでお仕事」の世界で

経験させてもらいまして。

 

 

ひととおりやったところで

宣伝とか、こうやって煽れば人が集まる?とか

いろんなテクニックはあるけれど

そこまでしてやるのは何だか違うな、

 

ご縁のある方に心を込めて

自分も相手も負担少なく楽しくやりたいな

 

と思って、今のようにゆるゆるお茶会〜などに

落ち着いているのですが。

 

 

 

で、で、冒頭の損得勘定の話。

 

 

ビジネスを始めるときに

値段設定の話って必ずあって。

 

最初は、好きなことをシェアしたいだけだから

じゃあ、ワンコインで🎵ってなるんだけど

 

 

だんだん、知恵がついたり周りに言われたりして

「あなたの価値はワンコインじゃない」とか

「ボランティアじゃないんだから」

「お金のブロックをとりはらって」とか

「お金は愛」とか

「お金はエネルギー、

 きちんと適正額をもらったほうがお互い本気でできる」

とか、いろいろ、くっついてくるわけですよ

(それも、どれも真実だし悪いってわけじゃないです)

 

 

それで、ビジネスと割り切ってやる人はそのままGO~

だと思うんですが

 

 

私の場合、今はそこじゃないのに

この理論をずっと気づかないうちにベースに採用していて。

 

 

 

それで、

これだけ本気でやるならこれくらい(のお金)はほしい

とか

 

私はこれだけやってもいくらしかもらえないのに

1時間数千円〜数万円が相場な人はお得だなぁ、と思ったり

 

そこから派生して

稼げる資格とか一つの分野に絞って仕事してる人はいいなぁ

自分はあれこれ手を出すけど、稼げてない器用貧乏だなぁ、とか

 

 

お金を稼ぐ ということをベースにした

比較、ねたみ、悩み、ダメだしが

どんどんひろがってたの。

 

 

でもそもそも、損得勘定を捨てたらどうなるんだろ?

 

何かをするときに

自分はこれをやることで損したくないって思うから

これくらいお金もらえたら我慢出来る、って金額を

設定してるのかな、って話になって。

 

 

つまり、極端にいったら

お金もらえなかったら我慢できない

やりたくないことを、やってるってことじゃないかなって。

 

いままでお受けしたカウンセリングなどは

誠心誠意、自分の学びのためにもやらせていただいてましたし

充実感はすごくあったので

いやいややっていたということは決してないのですが

 

でも、あれを無料で、といわれたら到底できない。

(それくらい真剣でやっててかなりのエネルギーを使うので

その対価として適正価格で行っていたし、これからもそのつもりです) 

 

 

もちろんお金が目的で仕事をするというのは

今の社会では必要なことでもあり

何いってるの?あたりまえじゃんて話だと思うけど

 

 

 私の場合たまにそっちに主導権握られて

稼げる分野の中からやりたいことを探す、みたいな

逆検索にはいっちゃうことがあるので、あえて意識することに。

 

 

稼ぎたいなら好きなことじゃなくてもバイトしたらいいと思うし

 

いっそボランティアのほうが

気分よくできることもあったりするかもしれないし

 

私がやりたいことって何なのかなって

気づくときなのかもと思う。

 

 

損してもいいから

やりたいことって何なのか。

もしくは何もやりたくないのか。。。

 

そこに本音があると思うけど

答えがでないこの頃。